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on せいしゅん の おもむき
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バトンだ。ほらよ、みたいに手渡されてさ。
しかも手渡しの一連の動作を、かなりの時間をかけて練習した
走り手なんてのは、バトンと自分の手がしっくりぴったり
まるで何かの魔法のようにくっつくように手渡ししてくれる。
いつの間にか握らされていて、それでいて自分の手は既に
拳を作っていてギュッと力さえ入れている。
こんにゃくだったら、十中十、ちぎれるだろうなと思いながら足はもう
回転しているのね。

とりあえず[青春]について。


質問1:小・中・高の中で一番思い出深い時期は?

小学校:転校して初日から、給食を食べてた。
 もちろん給食セット、みんな持参。母親は持たせてくれて
 なかった。というかそもそもそんなこと気にもかけてなかった
 んだろうな。お昼、一体どうするつもりだったんだろうか。
 それはともかく学校からの帰り道すら、教えてもらえてなく、
 帰りに泣く。アホな子。アホな親。
 anyway, 給食セットを善意で貸してくれたSH子ちゃんは
 顔が色黒でワイルドだったので、最初は断り、その次に善意で
 貸してくれたSりちゃんのを二つ返事でお借りした。
 彼女は色白だった。

中学校:好きな子が、有名私立中学校に転校することになった。
 決してチャンスはなかったけれど、そして話したことがなかったけれど、
 ぼーっと眺めていた流れる雲が、「あれは冗談だよ」と
 言いに降りて来てくれればなぁ、とか思ってた。
 友達は隣の芝生でバスケをしていた。
 初めて、悩みがないのって、幸せだと実感。

高校:この辺は利害関係がばれるレベルになってくるから、消極的に書く。
 ある写真をロッカーの中に貼っていたら、「その写真はいやだ」と怒られ、
 「もっといい写真貼れば良いのに」と言われた。
 途中を端折るとそのあとすぐふられた。でもあの時ふられて良かったと思う。

 
質問2:1番お世話になった先生は、いつのときの先生ですか?

 英語の先生。がちゃめでクルクルの巻き髪で、自動販売機の上に上っては
 一着しかないズボンを引き裂き、、とことん変態的な発想で、ビデオの途中のエロシーンで
 一時停止するような先生だったけれど、彼は今も会いたい。
 出世してるとよいのにな。あぁいう先生が足りないご時世だから。
 
質問3:得意だった科目は?

 全部こなせた。ETCでVolkswagen Golfがすいすいと
 LANDROVER ディスカバリーを抜いていくのと似たような具合。
 でも授業は聞いてた。馬耳東風、馬に念仏、猫に小判、豚に真珠
 哲郎に授業。


質問4:では、苦手な科目は?

 苦手はなかった。給油所でTOYOTA Priusの
 ドライバーが、真夏日に列をなして餌を運んでいるアリの大群を、
 虫眼鏡を使ってじりじり焼いているのを横目で見ながら,
 「うわぁ〜、なんて話しかけにくいんだぁ〜」
 なんて思うような苦手さはなかった。

質問5:思い出に残った学校行事を3つあげてください!

ポッキーグラム:50セントと引き換えに、かわいいディズニーキャラクターの
 カードをもらえる。そのカードに宛先を書き(送り先の名前)、収集ボックスに
 投函する。すると、バレンタインの日とかに、カードが宛先のヒトのロッカーに
 ポッキーの袋と共に投函され、なんだかみんな「一様に」ハッピーにバレンタイン
 を迎えられる。
 友情と愛情と情を改めて実感する、NY慶應の一面。
 
 写真撮影:大嫌いの一言。襟シャツ、ネクタイ、蝶ネクタイ、サスペンダー、
 くし、鏡、ジェル、ワックス、折り目のズボン、全てその日だけなくなればよいと
 常々思いながら小学校、中学校時代を過ごした。いつも半泣きの顔。
 oshareが自分のためではなく、人を喜ばすためにあったと信じていたころだ。
 その矛盾に気づいて以来、指数関数的に写真撮影は好きになった。

質問6:学生時代はクラスでどんなキャラでしたか?

小学校:ちっちゃな子と一緒にガンダムのおもちゃで遊ぶ子。
中学校:ジャパニーズで、走るの速い、細い子。

質問7:学生時代の友達からの呼び名は?

およばれとか、されない

質問8:好きな給食のメニューは?

自動販売機で売られていたTWIXバー。
二本入っているものの、友達に見つかると、
くれ、ギヴ・ミー・フード、とねだられ、提供するのがオチ。
そうか。君らは友達ではなかったのか。今分かった。

それから自動販売機で売られていたFUNYONSという、
揚げタマネギリングのお菓子。
何一つとしてFUN要素はないパッケージと味。

それから日本で出た、ヨーグルトフルーツサラダ。
フルーツなのにサラダとは何ぞやと、いつもつつきながら
半信半疑で口に運んでいた覚えが絶えない。
ちなみに「ソフトサラダ」味のお菓子も、「なぜに?!」と
問いながらひょいひょい口に運んでいた覚えがある。


質問9:学生時代に出会った友人はあなたにとってどんな存在ですか?

喜んで自分の命をかけたいと思う仲間。

質問10:次にバトンを回す人

ぞの: ボールは右足にくっついていましたとさ。
とおるちゃん: さぁ、ぼけるのだ。今こそ、ぼけるのだ。
モモイロ: 青春を横目で冷静に見てきた感がある子。
明香ちゃん: のびのびと成長した感がある青春。
松岡さん: きっと自転車オイルとか、ローションとか登場する青春。
ともぐい: 青春嫌いそう。
ヂゲンさん: 絵がもう既に物語っているかも。
ふっちー: シェイクスピアン。きっとシェイクスピアン。
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by eclipseted | 2005-10-25 01:37 | [発insights想]
on DARE me not
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耐えられないくらい自分を試すときがしばしばある。
結果としていつもなんとか耐え抜いて来ているから、
厳密には嘘になるかもしれないけれど、でも言いたいことはこれ一つ。
無謀でいるのがやたら、好ましく望む時期ということ、だ。

少し考えれば破天荒なことでも、全てが自分のために
なると考えれば、瞬く間に無謀が参謀に変る。
小さなことから大きなことまで、全てに拡張可能なんだ。

 挑発されたら、見知らぬ相手にまずボンジュールと
 電話越しに話しかけ
 誰か質問ありませんか、と聞かれたら我れ先にと挙手をする
 苦痛の100mだからこそ失神するぐらい渾身込めて水をかき
 話せないと知っている対談でも、自分の「ないウィット」を試す
 約束は、容量を超えてから始めて約束し、
 アイデアは必ず吐き出し、聞かせ、そして必ず必ず分からせる
  
動悸は激しく、嫌な汗が流れ落ち、うわついた口調で目は小刻み。
てんで体によくはない、こんな禁断症状、
はっきりいって、ヤミツキもの。

要は思いついたら顧みずに動くこと。
緊張しだしたらスタートライン。
二言を言う自分は敵対視。
もしやらなかったら、は、一生の悔やみ。
(少なくとも今夜は眠れない)

いつからかそう感じるようになった。

きっと負けるのが常に怖かったからだと思う。
何かには必ず勝てなく、何かには必ず悔しさを覚える。
しかしそこで萎縮するのは性でなく、
一歩横で逆走してみる。

何に関しても、熱膨張した自尊心と
徹底した競争心に苛まれ、やがてそれらは芽をつけ、葉を咲かせ、
自分に育った。
そんなのだから、他と違うことは自分で評価した。
だからいつの間にか、成長は行動した分だけ訪れるようになった。

挑発は、いつも内向きで誘導的。
それを栄養にし、機会を消費消化して大きくなる。
育つ育つ。
決して健全ではない、こんな虐待的参謀には、
やはり今でも無謀を感じる。

でもこの成長の仕方が自分には合っている。
これでよいんだ。
これでよい。
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by eclipseted | 2005-10-20 01:18 | [練training習]
on 犬が乾燥サボテンを食してはいけない時
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「そういえば最近サボテンをからしてしまったんです。」

「ごほん、今なんとおっしゃいましたか」

「はい、サボテンです。あれって、枯れるんですよ」

「はぁ、しかしこんな日本のような、高温多湿の
 しかもあなたがお住まいのような、いささか正常な管理体制が
 整っていない下宿のようなお部屋で、まさかサボテンが
 水分を外気吸収できなくなることなんてあるのでしょうか」

「どうやらあるみたいですね。今の今までずっと気に留めたことが
 なかったんですよ。」

「じゃぁ今までは何気なく、その要は呼吸を共にして
 同じ部屋で過ごして来たということですよね。」

「もちろんですよ。それまではずっと水もやらずに
 育てて,というより放置してきたのです。」

「なにかお変わりはございませんでした。突然日差しが降り注がなく
 なったとか、床の色が変色したりとか。」

「いえ、心当たりはありません。強いて言うならば、最近
 あの黒くて小さな、比較的脚力のあるクモがそこいら中
 飛び回っているくらいでしょうか。」

「あぁ、いいえ、あれは全く関係ありませんからご心配
 なさらないでください。」

「ふむ。そうですか。」

「ところで今現在のサボテンの容態はいかがでしょうか。」

「はい、それがなんと変色して茶色になり始めたのと同時に、
 毎日数%ずつの割合でしぼんでいっているようなんです。」

「毎日数%? ですか?」

「はい、あ、いえ、数%というのは、少しこちら側で誇張した数値です。
 実際は1%ぐらいかもしれません。せいぜい。」

「なるほど。それは明確に記録していただけるとこちらとしても
 助言しやすいので、ぜひよろしくお願いします。」

「はい。あのぉ。これからですね、もし仮に一日1%ずつ
 彼がしぼんでいってしまったとしたら、最後はどうなるのでしょうか。」

「最後?」

「はい。いずれは跡形もなくサボテンの残骸は消えてしまうと思うのですが。
 これは妥当な考えでしょうか。」

「そうですね。正直申し上げますと、私はこれまでサボテンが消えてなくなる
 という現象を側で見たこともなければ、聞いたこともありません。」

「そうですか。。。うん。そうですよね。考えてみたら、私もサボテンが
 消えてなくなるのを見るのは初めてです。」

「そうですよね。とにかく最後まで見届けておくことをおすすめいたします。」

「それは、なぜですか。」

「それは今すぐに枯れて消えてなくなることが、あなたの日常において
 大した変化を及ぼすとは考えられませんが、いずれ、いずれこのような
 ことが起こったことすら忘れてしまった、遠い先のある日、きっと
 また考えざるを得なくなるときがくると思うからです。
 いいですか。そのときまで、この記憶をそっと心の封筒かなにかに
 ビンセンテキでよいので、しまっておいてください。」

「分かりました。おっしゃっていることは完全には理解することが
 できませんが、私はあなたをどうやら信じるべきだなと思えて
 きてしまってしかたがありません。不思議ですけれど。」

「それがコンサルタントとしての仕事です。
 相手を信じさせることから始まり、相手を信じさせることに終わる。
 簡単な仕事で成り立っているでしょう、私の仕事って。」

「はい。そうかもしれません。私には全てを直感的に分かり得ることは
 できませんが。」

「それでは、じっくりとサボテンがしぼんで消えていくのを
 お見逃すことがないよう、観察されてください。
 あ、あと、くれぐれも犬には食べられないように気をつけてくださいね。」

「はい。分かりました。今日はどうもありがとうございました。
 ちょっと様子を見てみます。」
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by eclipseted | 2005-10-13 01:46 | [練training習]
on ホカノヒトの悲しみ
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世界で最も悲しいこととはなにか、
とほんの少しだけ
思いを巡らせてみると、
考えた分だけの、相応する答え二つが返って来た。
それは伝えたいことが言えないでいること。
愛している人の悲しみを感じること。

それは例えばデザイナーのアイデアをアシスタントが
共有できないことや、いつもは二律双生の恋人達が
互いに自分が正しいと思っていることが伝わらない時に
最も顕著に感じられる。
後者にいたっては、もらい泣きに代表される
感情移入が、大切なヒトのことになる時ほど超過度
になることが言える。


これは死について同様なことが言えると思う。

人が亡くなって、最も悔しくて悲しいこととは、
もうその人とはこれまでごく普段通りに交わしてきた
平凡な会話すら、することができなくなることだと思う。
誰もが予期せぬ死であればあるほど、あれやこれやと
生前に伝えたかったことが心に残る確率が高い。
そんな残された想いの残像を抱えて生きていかないと
いけないことに、絶大な悲しみを感じる。

自分はおじいちゃんとおじいちゃんとおばあちゃんが
亡くなっている。最も最近では去年の二月といったところだろうか。
その時は不思議と、これっぽっちの哀愁も感じなかったのだ。
5、6年前に寿命を迎えた、ペットのモルモットの死の方が、
強いて比べるとしたら悲しかったと思う。

まず後者から。
うちのモルモットは病気や腫れ物が起因して命を落とした。
その時はおもむろに泣いていたのが記憶に新しい。
彼女は普段は支えられている、柔軟な躯体が自力で支えられず、
四本の足が伸びきって地面に横たわっていた。なんとも非力な
余力を最後に振り絞って立とうと試みるものの、毎回持ち上げて
あげてもげんなり、ぐんにゃりのびてしまった。あの小ささで
自分の存在を保ち続けるのはさぞかし苦痛を伴ったのだろう。
次に前者。
祖父の寿命が残り短いと知り、容態が急変して病院に呼び出された時、
自分が最初にベッドに横たわっているてのひらを触ることが出来たの
だが、彼は既に心肺機能が停止しているとはいえ、冷え性の自分のてのひらの
数倍温かかったのだ。その一瞬だけ、取り残されていくのは自分である
気すらしたのだった。少しずつ下がっていく体温をきっかけにまるで現実に
引き戻されるようだった。


きっと自分は祖父には
もうそれ以上伝えるべきことがなかった
そう思う。それはもう十分にこれまで
託された時間内にやってきたことだったから。
あるいは半身不随になり、良性痴ほう症が
進むにつれて、疎通されるべきことがらは
その時その時伝えるのに精一杯だったからかも
しれない。

ではモルモットはというと、彼には無論
言い残したことはなかったと思う。
最初から、食用レタスをあげたり、両手で持ち上げて
じゃれてみたりしたところで果たして彼に対する
愛情が伝わっていたかどうかは知る由もないのだから。
では悲しかった理由は。

それはおそらく彼がいつもの様子ではなく、
上記のような、見るに耐えない非常な有様で
命を引き取ったからだろう。それは一見フリークショー
のようなおぞましさすら伴った。やはりそれが辛かったし、
それよりも彼を囲んでいた自分の家族が、今までは彼を
育て、保護し、ある程度は生き方を規定・保証・確立して
きたのに対し、死に至となると自力では何もしてあげられる
ことができない悲痛さと非力さに直面して悲しんでいたのを
見る方が辛かった。
ついつい自分よりも小さな動物なり下等な生き物だから
なんらかの手だてを踏めば自分の手で、今まで通りに
その生き方を左右させることが出来ると思い込んでしまうけれど
そんなことはない。そんなことは決してない。


肝心なことは二つ___________________________
一つが 全てを伝えることが出来なかった別れほど悲しいものはない
二つが 身の回りの愛している人達が悲しむこと程悲しいものはない

でも仮に、「伝えること」が完全に伝える相手のために
やることだったとすると、前者は、相手に伝えてあげることが
できなかったから悲しい、ということになる。相手の悲しみ。

そうすると、悲しみとは、ひょっとしたら
決して「自分のもの」ではなく、自分の周りに対する 

ホカノヒトの悲しみ  なのか。。
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by eclipseted | 2005-10-09 10:04 | [発insights想]
on 4歳の快挙
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どうやらホコリを掃除し忘れ続けた、
タンスの裏の角っこのような取り残された一カ所のごとく、
日記を放置していた。ははは。

「なぜ書くのをやめたか検証」

そもそも僕は物事を書くのにすごく時間がかかってしまうから、
なんとなく書かれているような書き込みでさえ、
結構な時間を費やしている。

ほぼ静止しているといってよいくらい、
動かない時間の中から、
まるで縁日の金魚すくいのように
ぴょいぴょいと(それもうまくいけばの話)
言葉を釣り上げて並べていくのが日記の作業内容。
時間浪費はやむを得ない。

さらに、自分以外のヒトが読んでくれる
(ありがとう)ともなれば
言葉遣いや内容にも多かれ少なかれ
気をつけるようになってしまう。

なぜか。
それはやはり自分が人一倍に
他人の目を気にしているからだろう。

これまでここまで育ってきて
自分のことをうまく説明することができない時は、
必ず他のヒトの自分に対する評価によって自分を格付けしてきた。
それはもう抜け出せないことだから、
いまさらどうこう意識改良することも、
それを弱みに思うこともないとしよう。そう。
とにかく見栄っぱりで、飾りたくて、目立ちたがり屋だから
結構質の悪い公開日記なんだろうな。

そういやぁ、昔はこんなことはなくて、
結構グレー色をした、恥ずかしがり屋だったような気がする。
幼稚園の毎年恒例の写真撮影の日や、
詩や音読の発表会なんぞ、晴れ舞台でとびきりのオシャレを
することをかたくなに拒んできたものだ。
周りのみんなは3、4歳にして、立派なバラ色の蝶ネクタイや、
流れる稲穂のような金髪をきっちりかっちり7・3分けにとかし、
満面の笑みをしっかりお披露目していた。ぱちぱち。
ところが僕と言えば顔は半泣き、髪の毛ぼさぼさ
まるで苦い虫を噛んだような表情がウリの写真だけを
家族アルバムに残すような、イタイイタイ子だった。イタイイタイ。

でもどこかである日それが変ったんだったよな。
自分でもうろ覚えなのだが、それは学校の裏庭の霊園で
徒競走の練習をしていた曇った日だったと思う。
その頃の自分は背も低く、終始鼻水を垂らしているような、
ちょっと鈍い子達の一員だったので
運動はとてもじゃないけれど
僕の専門領域外だった。
そう信じていたんだよね。
何回走っても負けるような徒競走しかしていなかったんだ。
しかしながら最後に走った一本だけ、50ヤードぐらいだったと思う、
その一本だけ、なぜかいつもと違ったんだよね。
走るにつれて周りの景色がやたらスローに流れ、
霧の中の雨粒が一滴、そしてまた一滴と
横に消えていくのすら確実に見えていた。
なぜだろうか、顔に当たる風がべちべち痛むぐらい。
そんなこんなで、不思議な心境でゴールインした僕は
明らかにこれまでとは違う速さを持っていた。

順位は6人中、5位。
これは、自転する地球が、回転速度を一瞬だけ速めるとか、
二輪の自転車が氷山を滑り降りる速度の世界記録を更新したとか、
プロマラソン選手が42.195kmを一時間41分で走りきるとか、
誰もが認めるイベント性がある記録更新なんかではない。
30人いるクラスメートの中で、僕が一位順位をあげようと
さげようと、クラスの誰一人として知ったこっちゃなかった。
メダルもなければ、"goog run, Ted"の一言もあるわけがない。
とある秋の午後、ニュージャージー州ウェーンにある小さな
ミショナリースクールの墓地のある校庭でただただ小さな、
それは本当に小さな
風が吹いただけのことだった。


しかしながら、

それは僕にとって
これまでかつてない
快挙であった。

そのネズミのくしゃみのような風は、
後に自分の人生の軌道を変えるのに必要な
力だけを兼ねそろえていたようだった。
そこから僕は今の自分に変身したのだったから。


まぁそんな変身がかれこれ19年程効力を保ち、
おかげで自分は今こんな質の悪い公開日記を書けているのだから、
よくわからないけれど、あの時のあの日に感謝しないと
いけないのだろうな。


そんなわけでちょっとの休憩を挟んで、日記を復活。
もっと自分にたくさんメッセージを残しておけ。
いつか再び読む時には絶対にがっかりしないからさ。
それだけは保証するよ。
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by eclipseted | 2005-10-02 01:58 | [発insights想]