<   2005年 05月 ( 9 )   > この月の画像一覧
on はだか
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研究会が遅く終わったので、戸塚に着いたのが11時50分を回っていた。
小雨が止まなかったが、僕は今朝通学中に出会ったフランス語の先生との「銭湯」についてのやりとりを思い出し、先日ジョギングをしていた時に発見した、
古ぼけた看板とのれんのかかった銭湯に向かった。

スイカで購入した白いタオルをJack Spadeに忍び込ませ、
12時閉店の古ぼけた、今にもかすんで見えなくなりそうな
銭湯ののれんをくぐる。途端に僕は外界との遮断契約に筆を
走らせることになる。

番台、なんて言葉。発音してみても消えてしまいそうなくらい
ほのか。
そんな番台のおじさんは60後半。
外で彼に出会ったら、何気に存在に気が付かないかもしれないような
くらいほのかな輝きしか放っていないけれど、
彼はここでは帝王だ。タイルの隅々まで熟知して、ここを仕切っている。
分厚いメガネの奥深くから、もう閉店前だけれど、特別に入れてあげるよ、
と言わんばかりに訴えかけてきた。

不格好なくらいはだかになり、不格好なくらいがらんとした風呂場に
僕は一人で向かい合った。裸の付き合いなんて、所詮
一対一だ。こっち側の鏡には期待していたよりひらべったい胸板が
映り、あっち側の鏡にはさらに期待していたよりひらべったい背中が
映り込む。足が思いの外短かったり、がに股だったり、上腕三頭筋の
形が左右非対称だったり、腰骨が妙に外へ突起していたり...

一対一なんぞとんでもない。

これは明らかに
僕が不利な

アウェイ戦だ。


でもそれは同時に僕だけのお風呂場だ。
ラベンダーの湯も、灼熱の湯も、怪しげな湯も、
その時だけは僕のためだけに熱を持っている。
一つひとつの気泡と、一つひとつの水滴と、それを受け止める、
塗装がはげすぎた、6m頭上の天井も、全てが僕が払った400円
という契約金のために十二時をすぎても居残りしてくれていた。
一つひとつの気泡と、一つひとつの水滴と、それを受け止められずに
ぴりぴりと落ち果てていく塗装とがなんとなくだけれど、がんばってそこの
時間を作り上げていた。

ところで僕は長湯は耐えられない。
三分でノックアウトだ。
額から汗がこぼれ落ちる前に、記憶と意識がもろもろと崩れ落ちていく。
長距離を走り始めてから、僕の体は少しずつ、体力温存型に。
少しずつ新陳代謝を悪くし、少しずつ環境に逆らわないように
レプタイル化してきた。だから環境適応型の消費節約性質に
なったがために、周りの温度があがるとすぐ体がぬかぬかと
熱くなっていく。足の先の感覚がなくなるのを覚え始め、
視界がぼんやりとかすれていくのが感じられる。
一瞬、番台のおじさんが疲れて寝てしまい、僕はこの自分のためだけに
動いて熱を持ち続けている、三つの湯船の中で失神したら、
きっとそのまま意識不明の状態で戸塚第二共立病院に運ばれるのだろうな、
と思ってしまう。
しかし古ぼけた体験はやがて終止符を打つことになる。

真っ赤なタコのように火照った体を団扇であおぎ、
案の定、ガラスの戸棚の向こう側でスーハースーハー、一足先に夢のla la landに
出向いてしまっている番台を横目に、僕はまた元来た世界へ戻る準備をした。

ネックレスを一つ、そして二つ、首の裏側に手を回してつけ、
大好きなチタンの時計をはめる。
最近付け始めたアンクレットを右の足首に回す。
なんだか奇妙な、飾り物がついていないクリスマスツリーのような
気分になりながらボクサーを履く。
真っ白の夏色のJ. Crewで見つけた半ズボンを履き、一日中来ていた
ナイキのドライフィットシャツを着、その上に真っ赤なBondai Beach
LifeguardのT−シャツを着る。親友と共にした夕ご飯の香りが
微かに残っているようだ。そして淡い、水色の縞模様の入った
襟シャツを羽織ってJack Spadeを片手に銭湯を後にする。

最後のサンダルは僕のサンダルだ。
残りの97人の男性と、88人の女性は今日は早退だ。
のれんをくぐると、小雨がしとしとと火照った肌を迎えた。
振り向くと、ちょうど中の照明のフィラメントが今日の
仕事を全て終えて消え落ちるところだった。
はだか電球は、明日までたっぷりと熱をさます時間が作れるようだ。
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by eclipseted | 2005-05-25 02:40 | [場places所]
on 10 page love story
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友人が恋愛は例えると「10ページの本になる」と言っていた。
自分に見合った人は、優しさの章も、支えの章も、容姿の章も
全てを書き満たしてくれることができるのだとか。
だから人は出会う人に対して、瞬時に恋愛候補者として
どの章も書き綴れるひとかどうかと見定めをするのだ。
前半5ページの本は最後の余力がなくなったもの。
1ページと8、9、10ページの本は中身がない、など。

確かにこれまで出会ってきた人は、それぞれ自分に
どういう側面で魅力的に映ったかを判別することができる。
「もう少し○○だったら」
「○○のところはいいんだけれどね」
「あそこが○○だから」 と、
10ページの完結版著作ではなく、玉石混合の短編集に
なってしまう。

ここで一つ思うことがある。
それは相手が自分にとって、手を伸ばして取ることができる
本棚の一冊だったとしたら、
自分も同時に相手の書斎の本棚の一冊にすぎないことを。
自分も人から4ページ目が「うすい」
目次が「ぬけている」などと批評され続けていることに気が付く。
だから自分が見る、相手の「10ページ」のポテンシャルと、
自分の見られている「10ページ」の合計「20ページ」を
目標に恋愛に臨むことができたらよいと思う。

なにも相手に「10ページ」と評価されるように自分の
「エピローグ」と「プロローグ」を偽るなどとは言っていない。
だけれど互いに読むことで双方の世界に吸い込まれるように魅了
されるダブルブック、共同著作ができることが
最も幸せのように感じる。相手の「特集記事」の多さを探すだけではなく。

恋愛は双方向の想いやりと気遣いと理解が大事。
一番大事。
だから相手の「10ページ」を選ぶだけで人を好きになるだけでなく、
自分の「10ページ」が相手にとっていかに読みやすく、愛読書に
なれるかを考えることも、関係を築く上では必須だと思うし、
そこが関係が持つ魅力だと僕は考える。
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by eclipseted | 2005-05-20 10:28 | [友people達]
on laundry
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くつしたを干すかのようにパソコンを干してみた。

そして合気道と都立大学歩行とアンデルセンの
ナッツフルーツライブレッドも初体験してみた。

まず授業で合気道に挑戦した。
道着を借りたものの、白い帯の結び方は分からない。
23年生きてきた間、白い帯の締め方について
考えたことすらなかった。そもそものリテラシーが
ない上で、安易に違う場所へ飛び込む行為を人は
嫌う傾向があると思う。カオスにつながるから。
僕はこれまで考えたことがなかっただけだったが。

思いもよらぬ帯問題に気が付く以前に、自分の周りの
状況解釈に神経は働いていたのだが。それは
道着のズボンの段階から。白い紐がなんと腰の両外側にあたる
部分からひょろりと出ているではないか。これを
どうしたらTAに投げられている間に脱げないよう
に結べるか。あいにく「紐を結ぶリテラシー」は道着の着脱に
まで及んでいなかった。紐パンでも同じことが
言えるのだろう。だが一瞬で、TAに投げられている
間に脱げないようにするための縛り方を、無意識的に
推測して実行するのは可能。純粋に許容範囲内だからだ。
現実に許容範囲内だった。

ズボンを装着し、上も同じ要領でなんとか羽織る。
問題の帯を右手に持ち、60歳過ぎの老練経験者が
見えない相手にむかって鋭い眼差しを向け構えている
道場に入り、どの精鋭にアドウ゛ァイスを求めるかを
考える。
ここでも「帯が締められないから、怖そうルッキングな、
今にも自分のヒョロイ自分の手首を掴まれてすんぞり返される
可能性がなきにしもあらずな経験者の人を一人選んで、帯
を締めるのを手伝ってください」と言う経験が未曾有だという
ことに気が付かされる。
結局同じ名字の方に締めてもらうのだが、なんだか
初めてお父さんにネクタイを締められる時のような
心持ちを覚える。このリテラシーは健在だ。

そして合気道は行われた。


未曾有な経験を積みながら、逆境で(帯が締められないときなぞ)
筋道を立てて推測する力を養えるのは人間の天性だ。
畢竟適応力とは同時にスピードがそこに加わるだけだと思う。

今日はさらにパソコンを干すリテラシーを身につけた。
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by eclipseted | 2005-05-19 00:54 | [友people達]
on 活動後記 12
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短所ってなんですかね。

相手の意見は好きだし、それが魅力を感じるものだったら
ころっと自分の考えは散歩をされるコッカースパニエルの
ごとくついていってしまう。

自我を持っていないわけじゃない。
そう。だって短所は負けず嫌いなとこだから。

ほぼ半分自己暗示のまま、何か証明するものを
探すべく人と競争している。なにが嬉しくて
何が幸せでとにかく頭一つ分でないと気がすま
ないのだろうか。

envyという言葉があるが、僕はenvyのかたまり
だからかもしれない。ついついチラ見する必要の
ない隣の乗客を視界にいれてはイグニションキーに
手をかける。
(今はパワーボタンが多くなってきた。キーを回す
 時の抵抗感とか振動は好きだから、ボタンには惹かれない。
 まだ)

設計課題でも、5000mでも、電車の席取りでも、
自分がはめ殺し窓で一番をとると決めたらそれまでだ。
二言はない。
5000m走?内縁二コース目で完走してやる。
元町中華街行き、特急電車?並んだ三列の真ん中は
必ず詰める、前に前に。

でもそんな負けず嫌いであっても、僕は80%しか
出さない。
正確に言うと、出せない。

一昔前、高校の期末時期には一人で余裕なふりをしていた
ことが多々あった。いや、余裕はなかった。
ただ取りたいと思う点数の8割を取れる努力しかしなかった。
8割とれればそれでよかった。
2割は寝たり、ぼけっとしたり、窓の外遠くを
眺めたりする時間に費やした。

意思疎通もそうだ。
僕がAと言う。相手がBと言う。
僕の言ったAが全て伝わっていなくて、相手が誤解していたと
しても、8割方伝わっていたら満足だ。
そのその残りの2割の発揮する力の限度を見出せた瞬間、
2割など大切でなくなる。

多分これは僕が8割しかがんばれないからだ。
なぜか。
それは[完璧]を目指した時に、何かのはずみで指先が[完璧]に
届かなかった時の防衛策だからだと思う。
ぎりぎりまで粘る。負けず嫌いだし。
けれど最後の2割を「おこないの善さの女神」が
舞い降りてきてちょっとだけ背伸びするのを手伝って
くれるのを期待しているから、10割は狙わない。
はずしたら自分しか攻めることができないから。

そこで君は言う。

「松本さん。8割しかやらなくて、8割しか取れなかったら
 10割に届かなかった自分を攻めるだろう?」

違う。そうは思わない。8割一分一厘を努め、8割までしか
到達できなかったら、そこは自分を攻める。その攻めの方が
精神的にきついから、こう考えてしまうんだよ。

「いやー よくわからない
 よくわからないよ、松本さん」


いいんだ。
だって8割分かってもらえていれば、十分なんだから。
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by eclipseted | 2005-05-15 22:48 | [発insights想]
on 活動後記 11 HARVARD GSD
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親友と今週訪れたハーバード大学 Graduate School of Design (GSD)
の一カットだ。
各国から集う精鋭達が寸暇を惜しんで建築、都市、そして
ランドスケープデザインを探求するワークショップだ。

彼ら彼女らが所有する、重たいベニア材個人机の上には
ところ狭しと都市計画の論文や真新しいインクの香りが漂う
A0サイズの図面、草木も眠る丑三つ時に摂取したと思われる栄養剤と
Lay's ポテトチップスの空き袋や3次元カッターで抽出した
アクリル模型の駄作が無造作に、かつ意図的にちりばめられている。

彼らは忙しさを食らい、隣近所のライバルに少しでもひけをとられないよう、
昼夜黙々と自分の作品を仕上げる。
時には教授によるエスキスチェックの批評に力の無さを悔やみながら
嗚咽をこらえるのに必死になり、またある時は無駄な動き一つとらずに
17インチの画面上に映える立体物を自然なエレメントだけを用いて
形に起こす。

まさにここは戦場だ。

自分が話した一人はスイス連邦工科大学を主席で卒業し、一度は教壇に立つも
ここでイスタンブールの大理石トランジット群を設計しに遥か遠くから
きていた。

プロフェッショナルの戦場なのだ。

そこから何かを苦し紛れに読み取るとしたら、それは
決して自分の力を過信してはいけないこと。
そしていつまでも習得し得るものが列をなして目の前に
立ちはだかっていることだろう。

今の自分は過信をしていた。
今の自分は習得してない。
面接で繰り返した、「ここで考え方を試す」はこのままでは試されない。

僕はもう勝負をしないのか。
うそでもよいからしないなどとは言わないでくれ。
だってこんな、模型で戦う戦場が近場にあるのだから、
今夜は寝るなんてのはもってのほかだと思うのだが。
いかがなものか。
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by eclipseted | 2005-05-14 00:02 | [場places所]
on 活動後記 10 (image)
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面接官:クライアントの仕事上での満足と目標達成、どちらをとりますか?

相手の満足と相手の目標達成を天秤に乗せるとしたら、
それは目標達成をとります。
なぜなら社会の仕事はあくまでも関係者の収益確保のための
契約制度に乗っ取っているので、目標達成が可能でなければ
次の契約はないことは言うまでもなく、発注された仕事の意義
を持ち得ないからです。
逆に仕事をする上では、相手の満足は目標達成から二次的に
付随してくるものだと信じているので、もし選ばざるを得ないとしたら
私はクライアントの目標達成を仕事上の重要度の高さとして
優先します。

面接官:あなたを色に例えるとしたら、松本さん?

(これは唯一出題されたいわゆる変な質問
 本当に意味をなさないと思いつつ、真剣に考えた)

自分は黄緑だと思います。
黄色が代表する躍動感を大切にしているからです。
その一方で冷静さを忘れず、対立し合う周りの意見を
緩衝しながら落ち着かせることができて、
平常感を保つのに効果的な色が緑だから、その
間をとって自分は黄緑だと思いました。
(結構とっさに答えられるものなのです)
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by eclipseted | 2005-05-09 22:26 | [場places所]
on 活動後記 9
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アップローディング:家族 と 働   く
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by eclipseted | 2005-05-08 14:14 | [練training習]
on 活動後記 8 タネ明かし 2
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なんでそもそも建築家になろうとしなかったのか

これについては大分長い間考えを巡らせた。

僕は建築家になる道を辿らない決意をした。
この春休み。
そもそもなぜ建築家になりたかったのかをもう一度
言葉にしないといけない。

それは人の生活をデザインしてカタチに起こすこと
への憧れだった。工学と美学の愛の子のような
建築は、社会的な役割をはたす産物であり続けるとともに、
いたって主観の介在が許される学問。
まず僕は課せられた条件を把握し、クライアント(別名施主)
のライフスタイルを脳裏に想像して、それらを組み直し、
最終的に喜ばれる、感動される空間作りに惹かれた。
相手の生活をこれほどまでにデザインできるものはない。
もう一つの理由は手に職をつけるためである。
設計は頭が酸素を取り入れて動き続ける限り、永遠と
できるもの。そこに魅了された。

ではなぜ就職することを決めたか。
それは建築で必要とされていた思考や取り組み、プロセスが
他分野でも活かせると気づき始めたからだ。
ソリューションビジネスって、上記のステップ以外、正直
なにものでもない。ただ「○○会社」が産出するアウトプットの
カタチが違うだけだ。

お腹を空かせてる息子に、目玉焼きを調理してあげるか、
それともオムレツを調理してあげるか。
その差。
個人的には最近は後者のほうが圧倒的に優勢だ。
だが、アウトプットは違うといえども、それを作ってる
目玉焼き屋に命を捧げられるか、
オムライス屋に全てを賭けられるか。
そうなると会社の「箱」が大事になる。
僕は好きなものを作る会社にいたい。

箱について。
建築を通して、僕は建築の「外側の箱」のみならず、
「中」で起こりうる人と人の会話や繋がりをデザインしてきた。
会話をデザインすること。ライフスタイルをデザインすること。
どこかの「箱」に所属し、「箱」の中の会話をデザインしたい。
そしてそれは広告で可能だった。
素敵だと思った。

建築と違うことは、カタチになる産出物が、特定の人の
所有物になることはないこと。みんなが体験する。みんなが
広域的にクライアント。
建築は、おそらく自分のものになることはまずない。
それがある意味永遠に届かないものに対する魅の魔力なのかもしれないが。
結果として広告は多くの人を巻き込み、反響を生み、会話を作り、
心をつかみ、動かし、そして時として涙させるクリエィティブだと
僕は思った。
素敵だと思った。

飛行機に乗らないといけないので今日はここまで

つづく
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by eclipseted | 2005-05-06 00:32 | [練training習]
on 活動後記 7 タネ明かし 1
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自己紹介をしてください:
私は自分が考えたアイデアや提案が人のために役立ち、
 喜ばれることを幸せに感じる人間です。

学生時代に最も力を入れたこと:
 留学を志す生徒に英語を教えることに力を入れました。
 5歳から50歳まで見てきた生徒は、みんな学び方も
 モチベーションも性格も違う、千差万別な「人達」でした。
 そんな中、私は必ず相手の目線から生徒が考えること、
 感じること、見ているものを考え、感じ、そして見る
 ことを心がけました。相手がぶつかっている壁を見つけ、
 自分がどうすればその弱みを克服できるようになれるか。
 自分が何をすれば相手の強みを引き出して自信をつけられ
 るようになるか。 
 それを一つひとつ考え、千差万別の教え方をデザインして
 きました。相手が抱える問題と魅力を見つけ、それを
 活かすプロセスを考えることを学びました。

広告の何が魅力か:
 人の心をつかむ仕組みや、人と人の会話を作るアイデアを考え、
 それをクライアントが定めた
 条件の中でいかに実践できるかが魅力的です。
 クライアントと面と面向かって、売り出したいサービス・もの
 の魅力要素を探し出し、それらをあるコンセプトや仮説に
 基づいて組み合わせ、最終的に一つのカタチに持っていく
 プロセスが素敵です。
 
c'est plus simple, non?
il faut de parler avec plus passion
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by eclipseted | 2005-05-01 23:59 | [発insights想]