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on knowledge
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知識に対する欲求が非常に大きい。
それは限られた知識ではなく、多種多様で
互いに密接な関係にあったり、また
一生干渉しあうことない遠くかけ離れた
存在同士の種類の知識でもあったりする。
そして取得方法はどんなでもよい。
一つずつたぐり寄せ、かみしめて飲み込むんだ。
それがどのように体内で消化されるのか
見当もつかないし、即効性を発揮するものでも
ないことは百も承知だ。ただやがていつか
使える、使いたくなる、そして使わざるを
得ない時にそれが状況下において
行動の栄養素となれば幸いだ。

純粋な知識と並行して、情報と情報のconglomerateを具現化して
くれるキーワードも最近好き。
それはカタカナ語だったり
グレーゾーン
政府機関名だったり
産業再生機構
格言だったり
「大きな仕事に取り組め、小さな仕事はおのれをちいさくする。」:鬼十則

キーワードは、消化した知識を交流の拡張子になおしてくれる。

今日は少しだけおなかを膨らました。明日は今日に負けないぐらい取り込むぞ。

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by eclipseted | 2004-09-30 23:51 | [発insights想]
on commencements
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人は卒業をします。
生きていくうちに幾度となく卒業を繰り返し、
成長を重ねて歩んでいくのです。
前へ進むことを拒まれ、停滞し、
そしてたまに後退も強いられることがあります。
でも確実に進んでいるんです。
そしてやはり確実に育っていくのです。

高学年へあがり、高い位置につくのだけれど、
その次はまた一から始めるのです。
そしてまた前途多難の道を少しずつ
のぼることを始めるのです。
卒業とはそういうものです。
繰り返し、再びまた最初に戻るのです。
新しいスタートのステージへ。

そんな卒業はステキです。
そんな卒業がステキです。
それが友達の卒業だとしたら、最高にステキです。
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by eclipseted | 2004-09-29 01:27 | [友people達]
on love
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「想う気持ち」の賞味期限について友達と話してみた。
恋愛を始めると、会うたびにドキドキと躍動感を
感じたり、話すことがありすぎて時間が流れる
のを惜しんだり、一秒たりとも離れたくなかったり
する
「想う気持ち」はやがてなくなるんだ。
三ヶ月とか、三週間とか、三日とかで。それを
青春とか熱愛とか恋愛と称する人が少なくなくて、
またそれが終わってしまうのを惜しむ人も少なくない。
そういった「想う気持ち」のことを「好き」と
勘違いしてしまうと人間はやっていけない。
だってそれは結婚生活40年などと到底もたない
ものだから。でもね、その「想う気持ち」を
「好き」と勘違いしてはいけない。三ヶ月と一日経った
時の「想う気持ち」や、三年経った時の「想う気持ち」は
同じぐらい大切な「好き」なんだ。当初の気持ちの成長段階の一つ
だから、それ以前の経験なくしては成り立たないフェーズだ。
だから三年後の関係を支えている気持ちは、最初の熱愛の
形態ではないにしろ、それ以上の確信と信頼とが込められている。
「想う気持ち」も人と一緒で育ち、ケアを必要として、新しい
かたちに変わっていく。

今日は友達でも同じことが言えることを再確認できた一日だった。



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by eclipseted | 2004-09-27 23:02 | [友people達]
on filling the distance
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麻布十番でなんとこんな光景を目の当たりにしました。
This one scene in Azabujuban caught my eye today.
豚を散歩させている女の人を見たんです。
There was a lady walking a pig on the sidewalk.
ピンク色で濃いつやの毛並みをした豚は、
見ていると気持ちのよ
いくらい太っていて、
それはそれは見応えのあるものだった。
The lite crimson pink ping was such a sight,
looking satisfyingly plump and packed.
散歩そのものはのっしのっし一歩ずつ進むペットと、
それに歩調をあわせて隣を歩く女性との間の
息づかいまでもが重視されるチームワークのようで、犬のそれとは
まるで次元がちがったのに驚かされた。
Their mutually symbiotic walk was enthralling,
with the pig taking its hefty frame one step at a time,
while its owner adjusted her footsteps accordingly to
him; looking utterly foreign from that of a dog's walk.
それはさておき、物珍しさにこの散歩をしている豚と女性の
周りには絶えず数人の人が群がっていた。
Soon afterwards, a constant crowd had formed t
o watch
the parrading two. もちろん希少さ故に
という人もいたのだろうけれど、僕としては豚がもたらす
緩和臭のような歩み寄りやすさの方が気になっていた。
Of course the rarity of a pig in the city had attracted the
onlookers for sure, but I was more attached to the thought
of the animal demonstrating enough mangetivity it so possessed.
おおらかで体温が絶えず暖かい人が与えてくれる、安堵感と
一切の不安懸念材料のなさと同等な空気を、この一匹の
豚が提供できている気がしてならなかった。
It was almost as if the pig was able to offer the same attractive
atmosphere of that provided by a chubby yet heartwarming soul.
リュックベッソン監督の代表作、
「レオン」でも似たような
シーンが繰り広げられていた。A similar scene had been portrayed
in Luc Besson's famous "The Proffesional."抹殺を天職とする男と、
家族を失った気高い女の子の関係を繕ったのは、
変哲もない豚の鍋つかみ。It was a common place
cooking mitten shaped like a pig which abled a cold-blooded
proffesional killer and a ignorant little girl without a family
to fill in the gap. あえて豚を二人の人間の歩み寄りの
きっかけとして起用された裏には、豚の意外性以上に
必然性があったと思う。There was the obvious nature
of pigs rather than their unexp
ectancy that let them
capture two human beings to bring them closer together.
そんな豚について考えを寄せた一日だった。
It was a day I gave some thought to pigs.
を必要としない、人間関係の魅力を感じた一日でもあった。
It was also a day without the help of pigs to realize the power
and attraction of grea
t friends around.

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by eclipseted | 2004-09-26 00:09 | [発insights想]
on 39 rue piat. 20 et. PARIS FRANCE #2
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歩いていて、小さな街角の花屋の前をとおる。
夕日が映える、恋に落ちている女の子の紅潮している頬と
燦々と降り注ぐ、地中海の日を受けて育ったチェリートマトの濃い赤の
愛の子の、眩しい赤い色をした唐辛子 の実がついている
鉢植えに目が留まった。辛いものがとりわけ大好きな
僕でさえ一言、、
辛そうだ。
いったい 何スコウ゛ィルぐらいの辛さだろう。
1912年にウィルバースコウ゛ィル博士によって確立された、
初めての「主観的な」辛さの単位がスコウ゛ィルユニットだ。
主観的な単位なんてあまり聞いたことがないよね。
彼は当初、世界で最も辛いチリペッパーを探し求めて、
辛さを被験者の体験的平均値で数値化したようだ。

主観的な指標ってなかなか難しい。当たり前のように、
絶対的な基準がないから、すべて自分任せの判断で
基準や数値が決まってしまう。一般的には便利では
ないよね。
しかし主観的な判断によって決まる基準も必要だと思う。

例えば痛さの単位なんかがあったらどうだろう。

自分では生死をさまようほどの痛さを感じていると思っている
のに、実は他の人が同等の痛みを味わったら、
たいしたことなかった、なんてことがあったら切ないよね。
「たいしたことないよ。君の盲腸による痛みはせいぜい49アウチ
 だから。鎮痛剤もせいぜい食前食後に一錠ずつね」
なんてたまったもんじゃない。痛さこそが独自の身体的指標/基準に
よって大きさを持つものだ。他の人に決められた日には
自分の体がまるで自分のものではなくなる気がする。
面白い発想だと思うけどな。

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by eclipseted | 2004-09-21 23:51 | [設design計]
on 39 rue Piat, 20 et. PR FR
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dimensions and images
based on memory and emotions
may
be
deceiving





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by eclipseted | 2004-09-20 23:59 | [場places所]
on just want to have fun
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I met with graduating peers yesternight.
I felt so tiny amongst them looking so grown
up however uncomfortably mature they were.
but remember, that's not the whole picture.
always sail your way through the way only you would

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by eclipseted | 2004-09-19 21:51 | [設design計]
on current events
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by eclipseted | 2004-09-17 15:43 | [設design計]
on forward forward
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by eclipseted | 2004-09-16 12:57 | [設design計]
on getting students to see
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最近、僕は生徒とのやりとりをとても大切にしようと
意識している。なぜなら僕が講師として与えられる
教養に匹敵するほどのいきていくうえにおいて
必要とされる感性を逆に気がつかしてくれるから。

今日の生徒は五年生、都内の某インターナショナルスクールに
通う女の子だ。彼女は変
数xに触れる一歩前の段階の
内容を英語で教わってきて、僕はその宿題を手伝った.

The perimeter of the barn Mr. Smith owns, is 190ft.
If the width of the rectangular barn is 15ft longer than
the lenth, what are the dimensions of the plot of land he owns.
といった類の質問を、歩み寄ってくる愛犬のシッポをかるくひっぱり
ながら生徒は音読をする。しかしいくら読んでも、頭には入らず、飲み込めない
状態が続いているのが彼女が水色のキャラクターシャーペンを
掌で転がしては落とし、それを数秒遅れて拾い上げてまた繰り返す
動作からも容易に察することができる。でも僕はやはり簡単には
答えを証して次の問題にすすむことが出来ない。普通の五年生ならば
家庭教師に問題を任せて、宿題
をいちはやく終わらせたいというのが
もってのほかの心境だろう。しかしやはりそれはできない。
だってそれでは彼女はなにも覚えない(ただでさえ理解している
時でも大半の教えたことは忘れ去ってしまうのに、解釈に苦しむ
問題なんてもってのほか、覚えるはずが無い)まま終わってしまう。
かといって、許容時間いっぱいいっぱいその問題だけを教え続ける
わけにはいかない。小学五年生とはいえ、頭にたたきこむことは
盛りだくさんであるから。総合的に考えると、やはり時は金なり。

では僕は何を教えにいっているのだろうか。いつも考えさせられる。
時間がすぎるまで生徒とぺちゃくちゃ、異文化交流が行われる
学校の事細かな五年生の毎日を聞いてすごしてもよいし、
適当なクリエイティブラ
イティングの課題を任せておいて、
僕は勝手気ままにぼんやりしていてもよい。
また逆に知識がこぼれるほど、みっちり指導してもよいのだ。

では僕は何を毎回心がけるか。
それは自分が指導しにいく90分なり、120分なりの
一日の断片を、できるかぎり +の体験にすること。
これにつきる。

学校外で、いや、ひょっとしたら一日でもっとも
学業と接している間に落ち着いて快く進める
ひと時にすることを懸命に意識している。
11歳の子供が知識で
得られるものには
限度がある。しかしながらその過程で体験できる、
学ぶことに対する前向きな姿勢や気持ちはには
計り知れないものがあると考えている。
もちろんこれは11歳の顧客に限っていえることでは
なく、社会人の生徒が自分が教えられる時間内で
提供できるものも、そう似ていなくはない。
文化を教える。体験させて、あらたな興味を共有する。
でも特に人格形成期の発展段階の11歳には
多大なる影響を与えられる。これを一ユーザーの
特性としてうけとめ、引き続き可能な限りの
 +の体験をさ
せていってあげたい。そしたら
かならず将来的な結果はついてくるはずだ。
できるかぎり、多面的で対象者特有のチカラに
なっていきたい。

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by eclipseted | 2004-09-14 23:28 | [発insights想]