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on ブロッコリーのような思い出
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先日30になった友達宛のメッセージ内容が
自分でも覚えておきたいことだったりするので書いておく。


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おめでとう。

人生の第一コーナーを通過しそうですね。
快走中ですか。  徐行中ですか。


歳は、とるほどに時間の経過が速くなるとよく言われます。
4歳の時は一生の1/4、80歳にはそれが人生の1/80になるからという考え方ですね。

だけれど最近聞いたおもしろい話に、
時間の経過はどれだけ時間を密に使うかで決定する、というのがありました。


あるフランスの時間生物研究者が、
なにもない、真っ暗な洞窟にこもり
外部をシャットアウトすることで人体の記憶への影響を調べる実験を行いました。

結果ですが、
刺激も抑揚もない環境下では、記憶同士をつなげるイベントや体験がなくなるせいで、
自身の時間の捉え方がどうやら狂ってしまうようです。

実験はわずか24日間でしたが、
彼の認識では数ヶ月分の時間が流れていた、といことでした。


物事を思い出そうと記憶を手繰っても、手繰る物自体がないせいか「すぐに記憶の終点が訪れてしまう」。
簡単に言うと、時間の経過が早く感じられるようになるみたいです。

記憶が蓄積されることもなく、感覚的にはどんどん歳をとるスピードが加速する。
結果的に、内面だけがが着々と老いていくということですね。



そして同時に、またその逆も然り。

1日24時間を細切れにし、彩り鮮やかな体験や、感情の緊緩を伴わせることで、
記憶はとても頑丈でしっかりとしたバンドとしてつながり合い、結果として頭に残る。

記憶を辿る際には、それぞれの彩り豊かで質量のあるイベントが手繰られ、
もしろん意識の中だけだけれど、豊かな記憶のシリーズは、「時間を伸ばす」ことになる。


ブロッコリーのようなゴリゴリとしたものや
繊維が弛緩した、熟成肉のようにやわらかなもの。

色々な食感のイベントをたくさんたくさん咀嚼しながら毎日を紐といていく。
そんなことができる人こそが、心も頭も満たされながら
人生を永く永く楽しめるのだと思います。


怖じずに控えずに、今日以降もどんどんと
色々なものを経験し、咀嚼して楽しんでください。

それがきっと、三十路の先
若くいつづけることの秘訣のひとつでしょうから。
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by eclipseted | 2011-09-28 21:10 | [発insights想]
on また始めること


「また始めること」

の一番の条件とは、

それまでを
正式に振り返ってよい
と、認められるようになることである。


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by eclipseted | 2011-09-26 14:42 | [発insights想]
on BACKWARDS PULSE
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yes, age is just a number.

but could it be more of a perspective.

yes. it is more of a perspective than just a number.

but could a perspective outperform age which is merely just a number.

yes. but no.

because of its essence as accumulation of age.

it is only in its accumulated stage can perspective outperform age,

which solely means a backwards pulse may be the only way to outperform age.


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by eclipseted | 2010-10-10 10:38 | [発insights想]
on vantage point
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四足歩行の哺乳類は、生まれてまもなく
渾身の力で立ち上がろうとする。
あれは最も脆弱な状態で外敵に襲われるのを
防ぐためであり、本能と直結した振る舞いの一つである。


つい最近、人間においてもこの
本能と直結しているであろう何か発揮されるシーンに遭遇した。

それは、自分より圧倒的に弱く、
自分とすごくつながりのある
得体を守ろうとする立場に直面した時に、
その人の「本能的」な素質が突然覚醒された瞬間だった。


人間の親は成長過程の子どもの素質や能力を得てして気にするもの。
例えば理性や知性など。

でも、これらのある程度後天的に高められる素質
とは異なる、誰しもが持って生まれると思われている
本能
が備わっているかどうかを気にかけることはあまりない。

ただもしかすると、人間も何かのはずみで
「本能的」な素質を損なったまま
生まれたり、成長することだって、十分ありうると思う。

こういうことを考える親って、きっとほとんどいないだろうな。
と思うと少し怖くなる。



写真は雨雲が流れ込む琵琶湖。
雨の前は、冷たく、とても勢いのある風が
よく吹く現象が起こる。あれは自然の摂理。
ちょうどその風が、雨雲の数百メートル先の
水面を逆なでている奇妙な光景。

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by eclipseted | 2010-09-06 02:30 | [発insights想]
on spotlit tinies
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happiness happens, tiny at a time.

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by eclipseted | 2010-03-16 15:54 | [発insights想]
on 満たされない差 20,000円
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本日はホワイトデー。
心地よい小春日和に、有名パティシエが作るスイーツや
分かりやすいブランドものの買い物袋を下げて闊歩するカップルを
見るのは意外にも微笑ましい。

ホワイトデーにはこんなデータがある。
男性が「奮発したと思える」ホワイトデーの贈り物の値段:5,000円
女性が「リッチと感じる」ホワイトデーの贈り物の値段:25,000円
その差は5倍。
実感としても実態としても、往々にして期待値の高い女性の
満足を満たすことはどうやら難しいようだ。

かたや時間と労力をかけて探しが贈り物が喜ばれない男性、
かたや期待を寄せていたものほどの価値が感じられない
拍子抜けの贈り物を渡される女性。

このような得てしてすれ違いの生まれやすい状況が、お互いにとって
残念な結末を与えかねないことを知っているだけでも
もったいない争いごとやもめ事を避けるきっかけになると思う。
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by eclipseted | 2010-03-15 01:07 | [発insights想]
on パパの頻度
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昨日神宮外苑前でランニングしていた時のこと。
週末開催の自転車教室で、とある男の子の
自転車のペダルが、自転車のクランクからはずれちゃったわけ。
ぽとり、と音を立てて。

その瞬間を見ちゃった僕と、その子と丁度目があっちゃって。
おっと、みたいな。
周りに保護者らしい人もいなくて、早速歩み寄ってみた。

ペダルを拾って、男の子がまたいだままの
小さな自転車の横にしゃがんでなんとか修理を試みてみたとさ。
こきこき、ぐいぐいとペダルを取り付けようとしてるんだけれど
これがまたなかなかつかないことつかないこと。

で必死こいて汗をてれてれ流してやっているんだけれど、
その下を向いてペダルをこきこきやっている間、
彼は自転車に乗ったまま、大人しく僕の行動をずっと見ているんだよね。
尋常になくひたむきで小さな視線を
頭の上に感じながら。
じりじりと降り注いでくるそれ。
一秒ずつ時間が経つにつれて、ペダルを直してあげないと
いけない気持ちの焦りと、直してあげたい思いとが
込み上げてくるそれは、何とも言えなくただならないものだった。

声にはならないし、目も合わせないのだけれど、
確実にその空気のかたまりに二人分の思いがつまっていた。

結局僕はえらい大切なことを忘れていて、
(自転車のペダルって、漕いでいてはずれちゃわないように、
 引き締める方向は、逆時計回りなんだよね)
それに気づいてからペダルはすぐに元通りに戻ったんだけどね。

ペダルがついた自転車を漕ぎだし、何となくしっくりくることを
確かめながらその子は「ありがとぅ」と言い残して去って行った。

ちょっとの間彼の後ろ姿を目で追っていたんだけれど、
こういう、どれだけちっちゃくても、意志をもって生きてる
子どもとのやりとりって、自分の日常から欠けていたことに
気づかされて立ちすくんでしまった。

そんな子と触れ合う機会がないのは事実。
でもいざ自分にも家族が出来た時に、触れ合う時間を果たして
積極的に作れるかどうかは疑わしい。

接触機会ってのは、意識して作らないと、
家族の絆って太くならないのかもしれない。


それと併せて、今日はこんな定義に遭遇。

"For consumers the true value of
a network is measured by the
frequency of engagement of the participants."

-IAB 2009 Social Media Metrics Definitions

「関与する頻度によって価値(ソーシャルメディアの)が決まる」

決して度合いとか深度ではなくて、
関与する頻度によるって定義してるところが意外
だけどそれはおいておくとして、

consumersを家族のメンバー、
networkを家族、
engagementを関与、
とかに置き換えてみると、

それとなく家族のあり方、いや、あってほしいあり方に近くなる
気がしたことを感じた、
ことを覚えておこう、と思う。
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by eclipseted | 2009-09-23 23:26 | [発insights想]
on ヒーローの不在

 日曜の午後、デートで映画に行って来た。
 観た映画はChristopher Nolanの「Dark Knight」。
 バットマンだ。

 悪党をぼこぼこはっ倒す、疲れがすっと抜ける
 映画を期待していったのがそもそもの間違い、
 ここまで期待を裏切られながらも、ずしりと
 動かされる作品だったとは思いもしなかった。 
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 いわゆる勧善懲悪のヒーローものではないのが理由。
 善の象徴のバットマンは、悪との戦いにおいて
 まったく勝てないのだ。彼の周りには、失うと取り返しが
 つかなくなるものがあまりにも多すぎて、それらが蝕まれて
 いく過程でヒーローとしての「資格」のようなものが消えてしまう。

 その昔、スコットランドの哲学者ヒュームが言った言葉で 
 「人は理性だけではなく、情感に基づく対象への共感があって
  はじめて行動する」ってのがあった。

 恐らく本当のヒーローとは、 
 「外部からの条件や制約からではなく、社会における
  自分の役割に対する意識から自発的に生まれる」もの

 失うまいと必死に悪と対峙するバットマンは、最後まで
 情感を持った人でしかなく、決して求められている
 ヒーローにはなれない。

 そう。気持ちのよいヒーローものを観に行く。
 ところがそんなヒーローにはなれないことに
 主人公自身が気がつく。その事実に彼は苦しみもだえ、
 ヒーロー像を信じて観に行った我々はその彼の姿に
 苦しまされる。
 
 僕は映画のここに動かされた。
 ヒーローを信じる人ほど、揺さぶられるはずだろう。

 閑話休題。
 
 今、クライアントのCSR報告書の制作をしている。
 CSRとは、会社も人と同じように、一社会市民としての
 存在意義があり、利益主義の観点からではなく、
 自らの役割を全うし、活動に責任を持つというもの。
 
 うん。

 ただ企業身体とは、そもそも個人の集まり、情感を
 持った人の集合体でもある。
 そんな人の塊に、上記のヒーローと同じように
 「自発的に行動」することができるのかという疑問を
 持つのは極めて自然じゃないだろうか。。
 ところがこれが面白くて、実は真剣にできると思っている。

 ポイントは、企業体は、人の集まった塊であること。
 
 人っていうのはどうも弱くて、一人ぼっちだとどうしても
 紆余曲折を経る過程で折れてしまったりする。

 が、 
 同じ意識を持ち、理念を信じ、同じ目印、同じ方向を目指して進んでいる横となりの
 仲間を知る瞬間に、一人では到底実現できない推進力が生まれるようになる。
 
 広告制作をやっているTUGBOATの岡康道は、独立する時にこんなことを
 言っていた。
 「起業する仲間を探す時は三つのことが言える。
  1一緒に家族になって起業しよう。
  2一緒にお金儲けするために起業しよう。
  3一緒に熱意と志をもって起業しよう。」 
  
  1は血がつながっていないと限界があるらしく、
  2はお金は結局既得権益だから、最後まで続かない。
  でもそのうちの3は、うまくいくと。
  志は一緒に持ち続けられる原動力に変わるから、と。

  宗教も一緒だね。
    
  だから企業のCSR活動も、実は意外に拍子抜けするぐらい
  成功しているところもある。純粋に役割を全うしたい、
  というそれだけの目標を持った仲間がいるだけで。
  社会的に認められた公人、
  別名ヒーローに一歩近づくのではないだろうか。

  余談だが、googleの企業理念の一つに
  "don't be evil"というのがある。
  あれは"always do good"じゃないからこそ根付くのだと思う。
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by eclipseted | 2008-08-19 00:15 | [発insights想]
on 遠くへの近道
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最近の絶品:
 グリュエールチーズとハムのサラダ 
 鳩の炭火焼き
 ブータンノワールのコロッケ
 セブンアンドアイHDの白クマアイス
  うめぇ、うめぇ

小さい頃から
いまひとつ手の届かないもの程、
追いかけたくなる性だった

手間がかかってしようがないもの
数量が限定されているもの
一風変わって際立つもの

追いかける過程が始まってから
またその威力が加速され、やがて気がつけば
追いかける行為そのものが
息吹を宿り推進力が生まれてたり

追っている間だけは、目的だけに邁進できて
それがまた異常で心地よくてついつい、って

思えば先にある目標さえ、ロバの頭上の人参さえあれば
その場しのぎで、時間が費やせて、すくなくともどこかへ
進んでいるような気がするから、そもそも中毒的なのかもしれなくて

どっぷり狩猟民族的で、獲物を捉えた瞬間を
周りに認められた時が高揚のピークに達していることが多い

と同時に途方もなく達成不可能な目標だと、
そもそもエンジンがかからない、かける意志も湧かない節もあり、
「スーパーモデルな女性とはとてもじゃないけれど会話ができない」
現象が得てして生じたり

でもそこの境目は、一瞬の隙、一瞬のきっかけによって
またげることも事実だと思う

ほんのちょっとの差、わずかな「えい、や」の勢いで
到達可能な"catch me if you can"に転じるのである

"GOD, grant me the serenity
to accept the things
I cannot change,

Courage to change the
things I can,

and the
wisdom to know the difference. "
-Reinhold Neibuhr
変え難いものを許容する平静
可変可能なものに立ち向かう勇気
そして、それらを識別する見識    を与え賜え
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by eclipseted | 2007-12-24 14:02 | [発insights想]
on ウィッシュリスト
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僕の彼のあいつの貴方様の
トップテンに入っているのでは

共にゼロサムゲームではなく
習慣的な動き方で集まってくる
特に後者

村上春樹が言っていたことで
「自分の奥さんは何々を食べても
 何々をしなくても太らない・・・
 一方の僕は日常的に意識しなければ
 見る間に太ってコンディションが悪くなる・・・
 不公平にできているけれど
 おかげ様で自分の体の状態には気を遣う 
 習慣ができて恵まれている・・・」 
 っていうのがあって

どんだけ楽観的なのかと思う反面、
失ってやっと気づけ
習慣づけるから近づけることって多くあるのでは、と

(そりゃ足を骨折してギプスしてれば一目瞭然に気の毒だけれど)
どちらも相対的な概念だからね
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by eclipseted | 2007-10-22 13:03 | [発insights想]