on speding savings
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大きな買い物をした。
今年今のところ一番だ。
うれしいはずなのになぜか複雑な気分だ。
一所懸命(でもないか)働いて、
お金をもらい、口座の残高が毎月
必ずあがっていくのをみて、25日
になると携帯電話で確かめて、
そのうえ給与明細でとられる
所得税の額があがるのを見るのも
好きだ。

だけれどいざとなると使えない。
自分でためたものだし、使い道は
すべて自分が決められるはず。

けれどいざ使うとなるとなんだか
すっきりしない。ちょっと使うことに対する、
いったい何のためかもわからない罪悪感を
感じたりする。
なぜだ。
例えば学費を親に返すためにためていた分の
一部が、銀色のアルミボデイのマックになって
しまい、「ためるということの善さ」が
一瞬にして「使うこととしての悪さ」に
無意識的にかわるからなのか。
時間をかけて、ためてきたものが
一瞬の衝動のような判断でなくなってしまう
からなのか。
最初から何かの目標の為にためていた訳では
なかったにせよ。
どうしてもやもやが残るのだろう。

お金をためることは大切だ。
しかし意味もなくためるのは、続かない気がする。
あれが欲しいからためる。
アフリカに飛びたいから働く。
携帯電話を換えたいからウェイトレスをする。
目的をもってお金をためれば
きっと気持ちもよいだろう。

僕はきっとお金を使うのになれてないのだろう。
お金を使うのがうまくなりたい。
でもそのためには目的をもったり、
そしてたまにははめをはずして
一食5万円するフランス料理を
食べにいき、増えるもの、なくなるもの
として自覚してからこそ
お金の使い方がだんだん分かってくるのだろう。

こう思った。

  お金は目的をもってためること
  お金は気持ちよく使うこと


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by eclipseted | 2004-06-21 10:57 | [発insights想]
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