on ちなみにカレー風味鶏唐揚げ

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ダンディなスーパーバイザー二人と三階で昼を食べていたときの話。

僕は情報過多の毎日の生活についてお伺いしてみた。
始業から終業まで、千差万別のパートナーとチームメンバーと会い、
たくさんの打ち合わせの内容が、右から左へと抜けていくことってありませんか、
と。
すると、半分は慣れ、半分は聞き流してクリアしていくという結論に至った。
前者の慣れ、とは。
耳に入ってくると同時に、頭の中で今までに直面した、似たような経験と
結びつけることで「あぁ。これは以前のこれと一緒だな」といった
カテゴリー分けをすることだと思う。

例えばメキシコでカエルの唐揚げを食べたとする。
でも味はというと、なんとなく鶏モモっぽいね、と決めて片づける。
それは鶏唐揚げカテゴリーが頭の中には既に膨大にふくらんでいて、
単純にカエルの唐揚げカテゴリーはまだ発達していないから。

この慣れ。父親が先日書いてきたメールの内容にもあったが、
良くも悪くもはたらくくせ者。結局新しい刺激が強すぎると
体は疲れちゃうから、常に安心できる、納得できる、心配しなく
てもよい方向に進もうとするから。

もう一方の聞き流し。
これはそのまま。
聞き流して終わり。
あいづちをつくのがうまくなってきたら要注意。
ちなみにお二人のあいづちレパートリーは
「へぇぇぇ。」    と    「えぇ。えぇ。」
両方ともダントツな説得力を持っている。

でも個人的にはこれも前者の「慣れ」と表裏一体だと思う。
「局長の話、長そうだから聞くのやめてやる」
と思った瞬間にはもう既に話の内容が推測できているのだと思う。
話す以前に「鶏唐揚げカテゴリー」や
「局長上海出張キャバレークラブ武勇伝」カテゴリーに部類分け
されてしまうのだろう。
聞いていないのではなく、聞く必要がないことを推測する技が
「慣れ」であり、「聞き流し」である。

いや、本当に聞いていない人もいるけれど。


近頃僕にも慣れが多くなってきた。
慣れすぎて意識しないことがあまりにも多くなってきた。
12時間オフィスにいても、苦もなく疑いすら持たないこと。
めっさ汗をかきながら電車に乗る自分が気にならなくなったこと。
一日最も向かい合ってやりとりをしている相手が、
厚さ2センチの液晶モニターだということ。
コンビニのレジの店員は、実は自分よりも疲れているということ。
ただ新発売されたという理由だけで、ウン万円の携帯電話を
どの週末に購入しようかと考えること。
「夏休みの予定は?」と聞かれて、休みがあること自体
不思議に思うこと。
ジャンプをへらへらと読むおじさんも、大事な生活者だということ。
七月が半日前に始まったこと。
そして「へぇそうなんですか」が
あいづちレパートリーに増えたこと。


もしかしたら昨日のカレー風味鶏唐揚げも、
実は鶏じゃなかったのかも、なんてね。

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by eclipseted | 2006-07-01 09:58 | [発insights想]
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