on イスを拾うコト
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研究会が遅く終わり、行く当てもなくさまよう夜道は湘南台23時。
今夜は親友とイスを拾うコトになる。
こよなく愛する、いつも煎り立てのスターバックス湘南台店で
僕らは改装中の店内と、多少の秩序を保ちつつも
無造作に路上に放置されたイス等と出会う。

足が止まる。


すたすたぴたり。


「すいません。このイス、いただくコトできませんか」と。
いったい何を血迷って尋ねているのだ、おまえは。

しかしイスは難なくお持ち帰りになるコトに。
would you like it gift wrapped, Sirs?

一気に疲れとわだかまりが飛び、一挙にワクワクと
ただならぬ愉しみに襲われた僕らはその後、イスを片手に
大量生産された夕ご飯を、比較的堪能しながら食らうことになる。

今日、マーケティング戦略の授業でこのような
言葉を耳にした。
「モノからコトへ」

既知のこの表現は、
「我々はあるモノに対する欲求や購買欲にかられる時は、
 決してそのモノがほしいのではなく、
 そのモノを手に入れた時の気持ちや雰囲気、空気や時を
 体験したい欲求があるということを意味する。
 いわゆるコトとしての体験に惹かれてモノを欲しがるというのだ」

そのモノを手にした時に快楽、満足感、広がる夢、躍動感や
親密感はコトの一つひとつを形容する。

僕らはイスを拾ったが、
それは何でもよかった。
テーブルの足でも、脚立でも、はしごでも、たらいでも、
ゴム草履でも、わらび餅でも、蚊取り線香でも、
ストッキングでも、虫除けスプレーでも、アミノ酸補給タブレットでも、
馬券でも、パーソナルタンブラーでも、スコヤーでも。
どんなモノでもよかったんだ。
それにまつわる、より向こう側にある、コトへの変換さえ保証されていれば。

僕らは深呼吸をし、そこにしかない空気を目一杯吸う。
ただただそこの空気を吸うコトに快楽を得る。
でもそれは交換不可能なそこでしかない一瞬を
たっぷりと食らうことでしか満たされない。
そう。我々はそのコトさえあれば十分。
だから毎日、そのコトを可能にするモノを探し求めて歩く。
モノからコトへ。
僕は賛成者です。



今夜はイスだった。
明日はきっとまた違うモノを探求したい。
それが次のコトへとつながる限り。
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by eclipseted | 2005-06-22 01:53 | [発insights想]
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