on seeing is believing
今夜初 「ながら」 30/31→Osaka 31/1→Totsuka
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そこまでは当然、
走るよ。

右折のプリウスが曲がって来ようが、
女子高生の集団が道をバリケードしていようが、
朝からピンクチラシを配る女性がいようが、
とにかく改札を入って、階段を降りるまで
は走る。
しかし走り終えられない日もあるんだ。
今日みたいに。

電車が視界から消えた瞬間、
プラットホームがここぞとばかりに主張をしてくる。
持て余した時間を追い求めて。
君の持て余した、貴重な時間を追い求めて。
持て余した時間ほど
実の詰まった
質の高いものになるから。
一応代替可能な、その数分なりのロットは
他のより大切な行為
するために、おとり置きしてもらったものなんだ。
そんな本来の本質(用途?)を失ったロットを
通して周囲を見渡すと、
これまで見え隠れしていた、
些細なディテールが
見えてくる。
聞こえてくる。
じわじわと寄りつき、さわさわと風の如く耳をかすめる。
空気を振動させるひそひそや、寒暖差で変形を許すぎちぎち、
親指の皮と樹脂の摩擦でカチカチが空を斬る。


くすくす、
  さわさわ、

 
 ぺきぺき、  
    
がちがち
ずしずし、 
  ぴこぴこ、 
   めちめち、
ぷちぷち
     ことこと、
ころころ、
         どきどき、  
     かたかた


....ウルサイ.....

けれどなにはともあれ 
目を覆っていたたくさんのフィルターが拭われる瞬間は、
すべてが鮮明に、そして簡単に見えてくる。
聞いて、見て、感じる。
身の丈に近い変化が、
少しずつ姿を表すのが見えてくる。


僕は今日は、盲目ブロックが予想以上に
大きいことに気がついた。
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by eclipseted | 2004-12-30 21:52 | [発insights想]
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